コラム

  • ジャマイカ国歌の作詞者と作曲者 1961年の公募から決定までの経緯

    ジャマイカの国歌「Jamaica Land We Love」は、1962年の独立に向けて選ばれた国の象徴の一つです。ここでは、ジャマイカ国立図書館の資料と、ジャマイカ情報サービス(JIS)の記事をもとに、国歌が選ばれた経緯と、歌うときの決まりを整理します。歌詞は引用せず、題名と成り立ちの範囲で書きます。

    独立に向けた国の象徴づくり

    ジャマイカ国立図書館によると、ジャマイカは300年を超えるイギリスの植民地支配を経て、1962年8月6日に独立しました。独立が近づくと、国のアイデンティティを表す象徴を探す動きが始まりました。国歌と国旗は一般からの公募で探され、そのほかの象徴は独立のための特別委員会が選んだと書かれています。国立図書館の「国の象徴」のページは、独立の準備では、国旗や国歌をはじめ多くのことについて、国全体が最終的に受け入れられる形で合意する必要があったと説明しています。

    1961年の公募から決定まで

    1961年9月、政府は、独立後のジャマイカの新しい国歌を探すため、一般から歌を募りました。初めに選ばれたのは、西インド連隊の楽隊長エドワード・ウェイドが作曲した「Jamaica Proud We Stand」でした。しかし、ウェイドがイギリス国籍だったことから、この曲はのちに退けられたと書かれています。代わって議会の両院の合同委員会が選んだのが、ヒュー・シャーロック牧師の詞と、ロバート・ライトボーンの曲による「Jamaica Land We Love」です。

    国旗の色が決まるまで

    国旗も、国歌と同じように一般からの公募をもとに決められました。国立図書館によると、国旗に入れる色として一般から23の色が提案され、そこから3つに絞られました。独立祝賀委員会がまず黒を入れることを決め、明るさのために黄色が加えられ、3つ目の緑は、イギリス国旗の色を一つも入れないことをめぐる長い議論のあとに選ばれました。初めに選ばれて承認された図柄はタンザニアの旗に似ているとされ、フロリゼル・グラスポール卿の提案で、黄色の斜めの線の図柄になったと書かれています。国立図書館の「国の象徴」のページによると、国旗が使われ始めたのは独立の日の1962年8月6日です。同じページは、色の意味を、黒が人々の強さと創造性、金が自然の豊かさと日の光の美しさ、緑が希望と農業の資源を表すと説明しています。

    独立の夜

    1962年8月5日の午後11時59分、国立競技場は旗竿だけを照らして1分間暗くなり、イギリスの国旗が降ろされて、黒・緑・金の新しい国旗が揚げられました。国立図書館のページは、歓声と花火が新しい国の誕生を告げた場面を描き、国歌の題名でもある「Jamaica Land We Love」という言葉でその段落を結んでいます。祝賀の行事は1962年7月30日から8月12日まで続き、エリザベス2世女王の代理としてマーガレット王女が式典に臨んだと記されています。

    国歌を歌うときの決まり

    国立図書館の「国の象徴」のページは、ジャマイカ情報サービスが1966年10月12日に出した国の象徴の決まりなどをもとに、国旗や国歌の扱い方をまとめています。国歌が演奏されるときは、全員が気をつけの姿勢をとり、男性は帽子を取り、制服の人は敬礼することとされています。総督と首相が到着するときと出発するときには、国歌の1番を歌うか演奏することになっています。人の集まる行事で国歌を歌ったり演奏したりしてもよく、学校の学期の始めと終わり、独立の祝いでの国旗の掲揚と降納の式でも、国歌を歌うこととされています。

    7つの国の象徴と標章

    2014年7月31日の JIS の記事によると、記事の時点で、ジャマイカの国の標章は国旗、国章、国歌の3つ、国の象徴はアキー、ドクターバード、ブルーマホー、ライグナムバイタの4つで、合わせて7つとされています。同じ記事は、法律のもとで象徴を守る責任を負う首相府が、関係機関とともに正しい使い方を知らせる取り組みを進めていると伝えています。記事の中で内閣府の担当者は、国歌が流れるときは全員が気をつけ、つまりかかとをそろえた姿勢をとるといった決まりを、改めて紹介しています。

    学校で歌う「国の歌」

    国の象徴が選ばれていくのと並行して、教育相は、学校などで使う国の誓い、国の祈り、国の歌を用意する委員会を設けました。学校のための国の歌は「I Pledge My Heart」という題で、「I Vow to Thee My Country」の旋律に乗せ、ヴィクター・スタッフォード・リードが詞を書いたと記されています。

    まとめ

    ジャマイカの国歌は、1961年9月の公募のあと、議会の両院の合同委員会が選んだ、ヒュー・シャーロック牧師の詞とロバート・ライトボーンの曲による歌です。国旗の色や図柄も、一般からの提案と議論を経て決まり、ジャマイカは1962年8月6日に独立を迎えました。国歌の扱いには、気をつけの姿勢や、総督と首相を迎えるときの演奏など、細かな決まりが設けられています。

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    このサイトは、ジャマイカ出身のシンガーソングライター・ゴスペルディレクター、ジョン・ルーカスの公式サイトです。公式サイトはJLミニストリー合同会社(仙台市若林区)が運営しています。ジョン・ルーカスは、ジャマイカ観光親善大使を務めていると、プロフィールで紹介されています。JAPONICA は、ジョン・ルーカスをリーダーとして、日本とジャマイカをつなぐ音楽をテーマに2017年に始まったユニットです。年表は、公式サイトのプロフィールのページで読めます。公演の予定は、公式サイトのスケジュールのページで案内されています。ジョン・ルーカスの公演やイベントについてのお問い合わせは、公式サイトのお問い合わせページからご相談ください。

    参考にした資料

    各ページの内容は、2026年10月13日に確かめたものです。