コラム
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ムーアタウンのマルーンの遺産 ユネスコ無形文化遺産と角笛アベング
ジャマイカ東部の山あいにあるムーアタウンは、マルーンと呼ばれる人々の子孫が暮らす土地です。その「ムーアタウンのマルーンの遺産」は、2008年にユネスコの人類の無形文化遺産の代表的な一覧表に記載されました。ここでは、ユネスコの映像資料の目録と、ジャマイカ情報サービス(JIS)、ジャマイカ国立図書館の資料をもとに、マルーンの成り立ちと、受け継がれてきた慣習を整理します。観光の案内や、歴史の出来事の評価には立ち入りません。
マルーンとはどんな人々か
ユネスコの映像資料の目録は、マルーンという呼び名が、スペイン語で「野生の」を意味する「シマロン」に由来すると説明しています。目録によると、マルーンは1600年代の初めにプランテーションから逃れた人々で、ジャマイカ東部のブルー・マウンテンとジョン・クロウ山地に自分たちの集落を築きました。ムーアタウンのマルーンの祖先は、16世紀から17世紀にかけて、スペインの奴隷商人によって故郷のアフリカからカリブ海へ強制的に連れてこられた人々だと記されています。
JIS の解説によると、最初のマルーンは、先住のタイノの人々と、スペイン人が島へ連れてきたアフリカの人々で、1655年にイギリスがジャマイカを奪ったときに自由の身になりました。その後、イギリスは砂糖のプランテーションで働かせるためにさらに多くのアフリカの人々を連れてきて、その一部は山へ逃れて元からのマルーンに加わりました。マルーンには、クラレンドン、トレローニー、セント・アンの山地にいたリーワード・マルーンと、東部のセント・ジョージ(いまのポートランド)、セント・メアリー、セント・トーマスの山地にいたウィンドワード・マルーンの2つの集団がありました。
1739年の条約まで
ユネスコの目録によると、18世紀の初めには、マルーンの集落が島の東部の大部分を押さえ、広がっていくイギリスのプランテーションの仕組みに対抗していました。何十年にも及ぶ戦いのあと、イギリスは1739年にマルーンと条約を結び、集落の自治を認めました。2015年の遺産週間に合わせた JIS の特集によると、ウィンドワード・マルーンはブルー・アンド・ジョン・クロウ山地の高い所に住み、その村はナニー・タウンと呼ばれていました。特集は、険しい地形や深い森、豊かな水源が戦いに生かされ、1739年の和平条約でマルーンが主権を得て戦いが終わったと書いています。同じ特集によると、ウィンドワード・マルーンの主な集落は、リオ・グランデ渓谷のムーアタウン、バフ・ベイ渓谷のチャールズタウン、ワグ・ウォーター川の渓谷のスコッツ・ホールの3つです。
角笛アベングと受け継がれる慣習
JIS の解説によると、アベングは牛の角でできた笛で、マルーンが吹いてさまざまな音を出します。大切な連絡の道具として、複雑な知らせを遠くまで伝えることができ、敵には暗号の中身が分からないようになっていました。アベングの暗号は、マルーン以外のだれにも明かされたことがないと書かれています。
ジャマイカ国立図書館のデジタル・コレクションには、マルーンの伝統的な慣習を描いた教育用のポスターが収められています。そこに描かれているのは、アベングを吹くこと、太鼓、踊り、バンクラと呼ばれるかごなどの手仕事、そして豚肉のジャークです。2015年の JIS の特集によると、マルーンは、統治のしかた、音楽、踊り、太鼓、料理、薬草の使い方などに、いまも多くの伝統を残しています。
クロマンティの音楽と2つの段階
2022年10月18日の JIS の記事によると、ムーアタウンのマルーンのクロマンティの音楽は、2003年にユネスコの「人類の口承及び無形遺産の傑作」に宣言されました。そのうえで2008年に、ユネスコは「ムーアタウンのマルーンの遺産」を代表的な一覧表に記載し、ムーアタウンで受け継がれるマルーンの伝統を守る取り組みにも力を貸したと書かれています。ユネスコの目録にある10分の記録映像は、ムーアタウン・マルーン評議会と、口承・無形遺産の国内委員会が2002年に出したもので、制作の協力者としてユネスコとジャマイカ研究所の名が挙がっています。ユネスコと日本の NHK の協力で作られた記録映像も、2008年に一覧表に記載された要素として目録に載っています。
遺産を守る人たち
2022年10月18日の JIS の記事によると、ムーアタウンのマルーンの首長ウォレス・スターリング大佐は、マルーンの遺産を広め守った功績で、ジャマイカの国家栄典の殊勲勲章(オフィサー級)を受けました。大佐は1995年9月にムーアタウンの指導者に選ばれ、記事の時点で、ジャマイカで最も長く務めているマルーンの首長でした。記事の時点までの30年ほどの間、政府や、ユネスコをはじめとする国際機関と協力しながら、地域の発展に取り組んできたと書かれています。大佐は、祖先の言葉、踊り、歌、音楽を、これからの世代のために残したいと語っています。
ブルー・アンド・ジョン・クロウ山地の世界遺産
同じ記事によると、大佐は2015年、ブルー・アンド・ジョン・クロウ山地国立公園を世界遺産とするための書類をユネスコに出した国のチームにも加わっていました。広さ2万6,000ヘクタールの公園は2015年7月3日に登録され、記事の時点で、32ある「複合遺産」の一つで、カリブ海で初めての複合遺産だと紹介されています。2015年の特集は、この国立公園と特に深く結びつくマルーンの集団として、ムーアタウンとチャールズタウンを挙げています。
まとめ
ムーアタウンは、ジャマイカ東部の山地に集落を築いたマルーンの子孫が暮らす土地で、その遺産は2008年にユネスコの代表的な一覧表に記載されました。牛の角の笛アベングをはじめ、太鼓や踊り、手仕事などの慣習が、ジャマイカの公的な資料で紹介されています。2018年にはジャマイカのレゲエ音楽も代表的な一覧表に加わり、ムーアタウンのマルーンの遺産に続く2つ目の要素になりました。
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このサイトは、ジャマイカ出身のシンガーソングライター・ゴスペルディレクター、ジョン・ルーカスの公式サイトです。公式サイトはJLミニストリー合同会社(仙台市若林区)が運営しています。ジョン・ルーカスは、ジャマイカ観光親善大使を務めていると、プロフィールで紹介されています。JAPONICA は、ジョン・ルーカスをリーダーとして、日本とジャマイカをつなぐ音楽をテーマに2017年に始まったユニットです。年表は、公式サイトのプロフィールのページで読めます。公演の予定は、公式サイトのスケジュールのページで案内されています。ジョン・ルーカスの公演やイベントについてのお問い合わせは、公式サイトのお問い合わせページからご相談ください。
参考にした資料
各ページの内容は、2026年10月13日に確かめたものです。
- ユネスコ 映像・音声アーカイブ「Maroon Heritage, Moore Town」(英語)
- 同「Maroon Heritage of Moore Town, Jamaica (NHK)」(英語)
- ジャマイカ情報サービス(JIS)「The Maroons and the Abeng」(英語)
- 同「Heritage Week 2015: The Blue and John Crow Mountains on the World Stage」(英語)
- 同「Maroon Chief Wants to Strengthen Heritage and Culture」(英語)
- 同「Minister Grange Leads Successful Inscription of Reggae on Intangible Cultural Heritage of Humanity List」(英語)
- ジャマイカ国立図書館 デジタル・コレクション「Jamaica’s Intangible Cultural Heritage: The Maroons」(英語)